「暮れ」が始まる

研究所にも喪中の葉書が届き始め(遅ーよ)、歳暮の手配の依頼、忘年会・クリスマス会の誘い、制作費を落としたカレンダーも届き、・・・「暮れ」が始まったんだね。中高生は期末テストの真っ只中だろう。(ご苦労様。
ここも研究機関とはいえ、この一年の成果はあったのだろうか?(お前が知らないんか)先日の事業仕分けで随分削られたようなので、来期は成果らしいものが目に見えないと厳しいかな。(ね教授、
クリスマスパーティーだなんて景気がいいのは宗教くらいなものだね。社会から「あぶれる」者も昨年末より多いと聞く。世の中なるようにしかならないし、・・・人は修行の場としてこの世に生まれて来た訳だから、「あぶれる」のも修行のうちであろう。それが己に課せられた使命であるのなら、「解けない問題」ではないはずである。・・・・いかんな哲学の塀に開いた穴を覗いているようだ。(何がみえる?
そこには古い洋館が建っていた。そこだけ時間が止まっているかのようであった。・・・(違うでしょ、今日本にある洋館は全て手入れがされたものばかりでしょ。
そうではなくて、そこから見えるものは「自ら選んだ今の自分」があるだけである。
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(年の瀬を前に「感傷的・蒼」になったか?(センティメンタル・ブルー?
こんな雨の夜。BON JOVIの「BORN TO MY BABY」・・・いい曲だ。