続・赤い城

アーグラ城

ムガル朝の城郭で最もスパルタンなアーグラ城は、第三代アクバル帝が1565年から1573年にかけて造営し、1世紀後にアウラングゼーブ帝が外郭を造って濠を巡らした。河を背にすることの防御上の有利さは、デリー城を受け継いでいる。また、デリー城と同じく城壁や城門が全て赤砂岩で建てられているので、ここも「レッド・フォート」と呼ばれることがある。この城は最も「要塞めいた造り」で、城壁の角々には円筒の見張り台や、壁の頂部は銃眼スリットが連なり、「防御施設」としての厳つい姿を晒している。内部の宮殿施設はほとんどがシャー・ジャハーン帝によるもので、かつてはデリー城と同様、バザールや城内町があった。城内には大小二つのモスクがあり、白大理石で造られた「真珠のモスク」とミーナモスク(王室礼拝堂)で、宮廷の女官たちのための礼拝堂であった。他は「謁見の間」などが並ぶが、ラール・キラーを見てきてしまうと「二度目の空間」に思え、堅牢なイメージの外観から期待すると、物足りなさは否めないところである。
(外観は「戦国時代」らしくかっこいい。(建築。格好良く造りたいね。