左上から射す光

光りが建築空間に与える効果は、開口部の形状やその位置により様々であるが、そもそも「窓」とは「壁」があってこそ成り立つ要素で、日本の住まいにはもともと「壁と云えるもの」は存在していなかった。外部空間と一体化した「間」であり、光りが射すというより、「光りを伴った庭」が柱と柱の間に嵌まり込んいるもので、内部は輻射的な「薄明かり状態」と云える。
これに対し、西洋の建築は堅牢な「壁」に覆われているので、窓(風の通る道だからwin道である。(・・・。)がなければ「暗黒」である。よって壁に開けた開口部からは強烈な明かりが光線となって現れる。西洋の画家はこの光りの効果を劇化して表現する例が多い。カラヴァッジョなどはその「暗黒の光り」のよい例だが、建築家に好まれるのは「フェルメールの光り」である。光りの強さより「陰影の効果」を表現していて、なぜか「左上からの光り」なのである。その効果を強調するために「市松の床」が多く(明暗ゲージのような)、片側をカーテンで覆うアングルも多い(「部屋の中」のイメージと遠近感の強調)。
この画面に自然な光りを与える方向を「左上」としたことは、人が無意識に絵の左側を「南」と決め付ける行動を読んでいるのだろうか。(・・・えっ東じゃないかって?
フェルメールの絵のような建築空間。つくりたいですね。