明暗

「明暗」は、大正5年5月26日から大正5年12月14日まで、188回に渡って朝日新聞に連載され、未完成のまま終わった漱石最後の小説です。漱石は同11月22日に病に倒れ、12月9日に亡くなっています。しかし漱石は倒れる前に少し書き溜めておいたので、小説は死後5日間新聞紙上に連載されました。この事は当時多くの読者に悲愴感を与えたようです。しかしそれ以上に悲愴な想いを起させたのは、漱石の死後、漱石が日々使用し、明暗を書いていた紫檀の机の上に、いつもの通り中央に原稿用紙が積み重ねてあり、その一番上の用紙の右上に、小さく189と書かれていたことが発見されたことです。これは恐らく11月21日に188回を書き上げ、明日書くのは189回であることを忘れないために、書きつけておいたと思われるものです。しかしその翌日11月22日漱石は、胃部の不安と苦痛とのために、その189回の原稿の上に突っ伏したまま、一字一行書くことが出来ず、午後には床に伏してしまわなければならなかったのです。そして12月9日午後6時40分、とうとう帰らぬ人となってしまいました。
この長い小説はこの通り全くの未完で、物語りも宴酣、〜「そりゃ何とも云えないわ」清子はこう云って微笑した。津田はその微笑の意味を一人で説明しようと試みながら自分の部屋に帰った。〜で終わっている。物語りに浸り過ぎ、大量に読み進んだ落とし前をどうしてくれるのだと読者の声が聞こえてくる。(僕も含めて)秋の夜長に・・
(作者は読者以上に心残りな事であったのは云うまでもない。

明暗 (岩波文庫)

明暗 (岩波文庫)