国境の南、太陽の西

「上海の西、デリーの東」を座右の銘(という訳でもない)にしている僕としては、このタイトルは大当りだ。もちろん紀行本とは何の繋がりもない物語りだが、人生に置き換えれば人は常に旅をしているのかもしれない。
子供の頃何かの縁でつながっていた異性とは生涯己の中に残ってしまうものなのか。特にその後の付き合いが一切ない場合程である。物語りは己の誕生日の時代背景と家族構成から始まり、子供の頃ある繋がりから出逢った女の子との最高の時間が、己が存在する意味の全てだったような、瑞々しく不安な一人旅のようにつづられてゆく。
背景には常に音楽があり、これが時を超えて記憶をつなぐ道具となっている。相変らずのリアル描写は読み手を充血させ、過去を呼び覚ますようだ。誰にも夢の時間があったように・・
周りの人が聴いたことのない音楽。彼が愛好した彼女の父親のレコードコレクションの中の一番は、リストのピアノコンチェルトだった。自分だけが知っている。それは己だけが入ることを許された秘密の花園のような世界・・。それはどんな曲なのか。
己を振り返るように村上春樹を好きになった最初の小説。

(あの子は今どこで何をしているのか・・