インドの中のインド

ベナレスはヴァラナシ、バナーラス、ヴァーラーナスィー、カーシーといくつも読み方があるヒンドゥー教の聖地だ。ヒマラヤより流れ出た聖水がワルナ川、アッスィー川と合流し絶妙な三日月を形成し歪曲する地点、また唯一ガンガー(ガンジス河)の流れを北上させる位置にあたる町だ。暁には世界中から信者が集まり沐浴を行うという神の裾野の町である。聞くところによれば信者は亡くなるとこの地で荼毘にふされ、灰は母なるガンガーへ流される。これこそが最高の人生の末路であるという。またその火葬が平然と露天で行われているのだ。死が直接的にヴィジュアル化された世界がそこにありそうである。進路を見失いそうなとき、はからずとも魅力ある場所であった。
(そんな時間が来ていたようだ。・・・

インド日記つづき

2月16日 ベナレスへ
初日からろくに寝てないので素直に眠りについていたらしい。
揺れが無くなったのか深夜二時目が覚めた。相方はトイレに足ったようで姿がない。しばらくしたら戻りごそごそ毛布に包まっていたが一言、「エアコンが寒くて眠れん」なるほど、相方のベッド際には通気ガラリ(噴出し口)が二つも背中の辺り斜め天井に付いている。「うわぁ最悪!」シーツが一枚余っていたから差し出した。毛布にシーツを掛け防寒対策をするが・・・、下の客は何も知らず静かだ。(やりやがったな)こちらも確かに頭の辺りがスースー風が抜ける。通路側の方が風がないので頭の向きを逆にした。相方にも勧めた。頭から風を被るより足の方がまだましのような気がしたからだ。その気もないのに「場所かわろうか?」と訊くが、「眠れないよ」と断られる。(良かった・・、)ようやく落ち着いたようで静かになった。僕ももう少し寝ることにした。
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「チャーイ」、「チャーイ」、モーニングコールのようなチャイ屋の声がする。これも旅行記等で知っていたが、その通りだとなんだか嬉しい。(カーテンをまくって声を掛けてくるのだ)目覚めるとまた停車しているようだが、窓がないので外の様子が分からない。デッキへ出てみる。乗降口が開き、外は駅のホームだった。人も出ている。「アラハバードJN」という駅名、JNはジャンクションらしい。丁度日の出時刻にあたり、ガイドさんも外へ出ていた。「ここにどの位停まってるんですか」と訊くと「分からな〜い」というゼスチャー。インドでは案内放送もないので乗客は進行方向にある信号を見るのだそうだ。「あれが青になれば発車するよ」だって、なるほど。赤から黄色に変わり青になった。ホームにいた人たちが早々に戻る。ドアが閉まるわけでもなく、動き出してからでも十分に間に合うのである。6時40分、ベナレスまでまだ二時間半ほどあるらしい。
沿線の村も動きがでてきた。学校へ通う子供、歩く人、缶を持って座りこむ人(じつはこれ用を足しているのだが、なにも列車にケツ向けなくても)いつもの朝の風景らしい。
朝焼けで地平線まで染まる。腰の曲がったような木々が点在する。瓦礫のようなレンガ剥き出しの住まい。インドが目を覚ましたようです。列車に向って手を振ります。線路敷きの境界もないため、すぐ近くで挨拶ができます。「ナマステー!」ドアを開けて握りバーをつかみ、身体を外へさらします。この単純なことがなんと気持ちよいのでしょう。前方遥か彼方まで車輌が続きます。沿線の人々の笑顔、動物の声、光る空気、当たる風、地平線までのデザートイエローの世界、なんというか言葉になりません。
ゆっくりとした時間の流れ、大陸横断鉄道というスケール感「感動ー!」「インドだ〜」身体が喜んでいる。表現は当たらないが「君を覚えている」という感覚。
鉄道がある、砂がある、レンガ色の土がある、牛がいる、瓦礫の建物がある、生活がある、日々の風景がある・・・。ふとこの人たちは毎日列車に手を振るが、はたして乗ることはあるのだろうかと考える。何度も視線を地平線に戻し空気を眺めてみる。変化の少ない日常と人間の世界がつづく・・・。
線路際の空き地にフリスビーを半分にした形で芝生のような土色をしたものがたくさん干してある。聞くとこれは牛の糞で、乾燥させて燃焼材にして使うらしい。女性の仕事のようである。・・・