依頼人

男は冷たい雨の中やって来た。
どうみても覇気のないその男は、勧めるまでもなくソファに落ち着いた。何か言いたげな顔をしていたが、いきなり伺うことはやめ、お茶の用意にむかった。スティックタイプのチャイをライトデザインのカップに入れ、沸かしてあった磁気水を注ぐ。テーブルへ付くなり、
「どうで」(?)
どうですかとは依頼者の発する言葉ではないように思うが、ようは仕事(順調かどうか)の様子を問うているのであろう。
「え〜ま〜社会情勢に漏れず不景気ですが・・、」しばらくの沈黙のあと
「自分は何をすればいいで?」(・・・、)
「うちは家づくりの研究ですのでハローワークのようなアドバイスは不得意なんですが」
「分かってるよ。でも家づくりって人が生きていく器を研究するんじゃないんですか?」、「・・・・、」(たしかに。その人が何をして生きてゆくかを理解しないで家づくりなど、コンセプトのないデザインになっていたのかもしれない・・・が、理解したところで目の前の男が何をして生きてゆけばよいか答えられる訳もないが)
「何をすれば良いかではなく、何をしたいかが大事なのではないのですか?」
「・・それが分かればここへは来ないよ」、(たしかに・・?違〜う!うちは職安じゃねーし)
「・・・、すぐ職という考えではなく、自分が出来ることをしてみる。趣味でもボランティアでも何かアクションしてみないと何をやりたいかが現れてこないかもしれません」(なかなかよい言い訳?)
「だね。他人に頼っているうちは何も見えてこないのかもしれんね」(・・物解りのいい男だ)
「研究所なんて謳っておきながら、良いアドバイスは出来ませんが、本を読むことをお勧めします。何でも良いです。小説でも、ドキュメンタリーでも、紀行文でも」(これほんと)
「分かったよ。突然すみませんね、ありがとうございました。」(・・ほっ)
こんなお客様が来ることもあるのです。(だいたい教授のいないときに来んだよな)
11月というのにやけに冷えてきたので、早めに「店仕舞」することにした。
もちろんこの時、後にこの男がうちの業務において重要な役を演ずることになるとは知るすべもなかったのだが・・・、
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(こんな書き出しはどうかな