電気がない(2)

その後、リーさん(ガイド)の家の田んぼ(地平線まで続くかと思えるほど広大)や、稲作のために働くウシ(あちこち糞だらけだが子供は裸足)、家畜のブタ、ニワトリなど、「家族」を見せて頂いた。(僕が移動するたびに子供たちがニコニコついてくる。たまたま今日は学校が休みで、(どうりで子供が多い)近くの広場では、子供たちが演劇の練習をしていた。(休みの日の午後は「課題」があるらしい。(自分を表現することが「知的能力を高める」とされている。(恥ずかしがらず真剣に演じていた。
次第に夕方になり、食事の支度をする頃には、真っ暗になった。(・・・。)先ほどまで元気に遊んでいた子供たちの声も聞こえなくなり、まさに無音の闇である。(・・・、
『電気がない!』ちらちら灯るのはロウソクの明かりで、どうやら「食事中」の光景らしい。さすがに「外国人」の来客のために、僕の招かれた食卓にはバッテリーにつながれた小さな蛍光灯が灯っていた。(明るい!)頂いたメニューは「ごはん」である。もちろんインディカ米であるが、薪の香りがしてとてもおいしかった。おかずは今日獲れた魚(なまずに似た川魚)を油で揚げたものと、地鶏の唐揚げです。(酸味の効いた辛いタレをつけて食べる)それと井戸水(光に集まった羽虫が浮かぶが、)・・・見てくれはワイルドですが、大地の恵みを感じる贅沢な夕食でした。(さすがに蟲はでませんでしたが、、
(しかし・・・、シェムリアップの街から1時間半、いくら「南国の田舎」とはいえ、今のご時世電気が来ていないとは、、でもこれが現在のカンボジアの農村の一般的な水準らしいのです。(アンコール・ワットだけでは分からなかった。
ここへ来て思うことは、皆たくましく生きており、生活に侘びしさなど微塵もありません。子供たちの笑顔には元気な未来が輝いていて、食べるものにも不自由せず、(米は腐るほどある)贅沢をしなければ「自然が生きさせてくれる」ということを教えてくれる。(それでいいじゃないか。と(「他」と比べる事がいかに無意味ということを悟るのである。
(人間の幸せに基準などないんですね。