谷間の家

工事現場の向こう側はビルの林だった。マンションや雑居ビルが重なり合い立ちふさがっていた。新しいものも古いものもあったが、みんな背が高かった。その足もとに、昔ながらの自分の陣地を精いっぱい守っているといった感じで、小さな二階建ての家があった。小さいといっても、それは周りのビルたちと比較すればということで、かつてはおそらく立派な構えだったことだろう。往来に面してはレンガ塀があって、広くはないが庭もあり、樹が何本も植わっている。ガレージもある。建物自体は和風の木造で、もう古びて黒ずんでいたが、二階には廊下部を改造して造ったらしいちょっとしたサンルームもあった。したがってこの家は和洋折衷である。その手前にはヴェランダ兼物干しがといった様子のスペースもある。
一昔前の最も一般的な(ちょっと贅沢な)住宅の描写である。このビルの谷間にある一軒取り残されたような家に住む美しい女性に憧れを抱いた青年の物語り。19歳の青年が15年後より回想しているのだが、同世代の著者が狂おしい程甘く切ない青春の彷徨を描いている。(苦く美しい時代でしょうか・・。
これは一戸建ての家を都心に持ちたいという女性心理が生み出した悲劇と云えましょうか。

新装版 夏、19歳の肖像 (文春文庫)

新装版 夏、19歳の肖像 (文春文庫)

(ありがとうと君に云われると何だか切ない・・